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メルボルンの子育てママ まずは自己紹介

初めまして melmakitchenです。オーストラリア滞在歴17年

17年前にワーキングホリデー見知らぬ土地オーストラリアへ足を踏み入れました。

初めてひとりで海外へ。

土地勘なし、英語力なし、知り合いなし、

無し、無し、無しで何1つ持っていなかったんです。

あるのは行動力のみ。
若さって凄いですね!

まさにあれです!石橋を叩くより渡ってしまえ。という勢いだけある怖いもの知らずの20代でした。

日本では安定したいわゆる公務員職扱いになる公立保育士でしたので仕事辞めてワーキングホリデーで海外に行くと周りに話した時は
「仕事辞めるのんてもったいないよ」と止められたくらい。

たぶん止めた人の方が多かったと思う。

「でもやっぱり来て良かった!』

だからおばちゃん今の若者に言いたい!

勿体無いのは今の現状を続けていて新しい発見や冒険を逃していること。

「若いうちは冒険しーやぁ!!」ってなぜか関西弁風、、、

沢山の人は生活を変えることを恐れたり不安に思い安定を選ぶけれど行動してみたらなんでもっと早く行動を起こさなかったんだろうと思います

私も考えるよりも行動あるのみの当時の自分がいなければ今こうして可愛い子供達3人に囲まれている事はなかったのかもしれません。

若者よーワーホリは人生を変える。
迷っているなら飛び出しておいでやぁー。

違う国に飛び出したことで自分が試される!

まず言葉は通じない。そこで何とかしようとする。

そして今までの日本で常識といわれていたことが通じないことに気づく。

日本人なのに日本の事を色々聞かれても、自分の生まれ育った国なのに知らなさすぎることに 気づく。

そうワーホリって自分でどこまで出来るかの度胸試しみたいな感じ。

でも1年でかなり人生観や価値観が変わる。

短期間の旅行でも刺激は受けるけど1年という、この期間で経験したことは未だに忘れていない。

今ではワーホリも条件付きで(ファームで90日以上3か月以上オーストラリア政府が指定している地域で 指定された仕事(農場でフルーツピッキング作業は代表的な仕事ですね)をして証明書(フォーム1263)を出してもらうと2年目もとれるようになりましたが)私の時は、まだそういう制度はありませんでした。

当時ジャパレスでバイトしたり幼稚園でボランティアしてあっという間にワーホリ終了。

この当時はオーストラリアに永住する予定は全くなく日本の一人暮らしのマンションへ帰国する予定での1年間でした。

書ききれないくらい長い色んな事があり、簡潔に言いますと1人目誕生、日本語教師、パテシェの学校を卒業、2人目誕生、レストランやカフェでシェフになり自分でビジネスを始めた1年後に3人目の妊娠発覚。再び人生の選択に挟まれビジネスはまたやる気と資金〔←これ大事}があればまたチャンスはあると思い1年間は子育てに集中するというシュフの道を選び今に至ります。

省略しすぎましたが次は個性豊かな家族紹介です。

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